大津市政 24  ~大津のまちの歩み~

 多くの先人のたゆまぬ営みの成果として今日があり、今日を生きる世代の働きも相まって明日のまちづくりにつながっていきます。各自治体は地方自治法に基づいて基本構想を策定し、その中でまちづくりの理念あるいは全ての住民の共通目標となる「将来都市像」を定めていますが、ここで大津の過去60年にわたる都市像の変遷をたどります。都市像は大きく変化する社会潮流の中でまちづくりの方向性を指し示す羅針盤とも言えることからその軌跡を振り返ることで今後のまちづくりを展望する契機としたいと考えます。そしてこの観点から今の市政の評価を試みます。

(都市像は以下の青字のタイトル。シンプルなものです)。



昭和20年代 「観 光 文 化 都 市」 

 戦後の復興期。観光遊覧が活発化する。琵琶湖が国定公園に指定されたこともあり大きな観光資源として評価される。

       昭和25年 琵琶湖国定公園指定、びわ湖競輪場完成

        26年 はり丸就航(琵琶湖汽船)

        27年 工場設置および拡張に係る固定資産減免条例

        28年 新日本電気㈱創業(ラジオ)

         〃  国産初の噴流式洗濯機(三洋電機)

        29年 国:神武景気始まる(~32年) 

         <昭和21年:人口76千人、面積62㎢>



昭和30年代 「産 業 都 市」   

 高度経済成長時代の到来。所得倍増計画が閣議決定される。工場誘致が活発化する。

      昭和30年 工場誘致条例制定

          〃  菱屋町商店街に市内初のアーケード設置            

        33年 大津国際文化観光都市建設に関する決議            

         〃  比叡山ドライブウェイ開通         

         〃  国:岩戸景気始まる(~36年)      

        34年 比叡山国際観光ホテル開業 

        35年 国:国民所得倍増計画閣議決定   

        36年 滋賀県工業開発促進条例、大津市民憲章制定

        39年 大津市食品卸売市場開場(打出浜)

         〃  大津市民病院新築完成 

        <35年国調:113千人、154㎢、一次産業9.2%・二次37.6%・三次53.2%>



昭和40年代 「健 康 都 市」    

 経済成長の負の側面として公害が社会問題化する。市民健康センターが開設される。

      昭和41年 奥比叡ドライブウェイ開通

          〃  南郷水産センター開設       

         42年 市役所現庁舎完成、堅田町・瀬田町と合併

          〃  勤労青少年ホーム開設(打出浜)

          〃  国:公害対策基本法公布

         44年 終末処理場完成(由美浜)、清掃工場完成(上別保)

         45年 平和堂石山店開店(市内初の大規模小売り店)

         46年 市民健康センター開設

         47年 第1回びわこを美しくする運動(自治連等90団体)

     <40年国調:121千人、154㎢、一次6.9%・二次38.4%・三次54.7%>



昭和49年 「市  民  都  市」  山 田 耕 三 郎 市 長 (昭47~55)

 大津に住んでよかったとしみじみ実感できる市民都市。乳幼児健診など福祉政策が充実する。

      昭和49年 乳幼児健診大津方式スタート

          〃  湖西線が営業運転開始、近江大橋有料道路が開通

         50年 市民会館開設 

          〃  多核的都市構想(学区ごとに支所整備)

          〃  花折トンネル開通 

      昭和51年 西武ショッピングセンター開店(県内初の百貨店)

         56年 びわこ国体・全国身体障害者スポーツ大会開催

          〃  大津駅前30メートル道路完工

          〃  浜大津総合ターミナル竣工

         57年 ミシガン就航

         <50年国調:191千人、304㎢、一次5.3%・二次36.4%・三次58%>  



昭和58年 「ふ る さ と 都 市」  山 田 豊 三 郎 市 長 (昭55~平15)

 伝統と文化、自然にはぐくまれた心かよう幸せなまち、ふるさと都市。23年余の間に都市基盤の整備が大きく進む。 

      昭和58年 市議会がふるさと都市宣言に関する決議

          〃  ふれあいの森オープン

         61年 国:バブル景気始まる(~平成3年)

      平成 元年 総合保健センター開設

          3年 大津祭曳山展示館開館

          4年 生涯学習センター開設

          7年 びわこ花噴水完成

         10年 市制100周年記念事業

          〃  なぎさ公園完成、明日都浜大津オープン

          〃  全国都市問題会議誘致

         15年 古都指定

         <60国調:234千人、304㎢、一次3.5%・二次34.3%・三次62.1%>



平成19年 「結(ゆい)の湖 都 大 津」  目 片 信 市 長 (平16~平24)

  変革の時代において、市民と行政の協働により、自立した都市経営を行い、魅力と活力あふれる都市を築く。省略せずに表記すると「人を結び、時を結び、自然と結ばれる 結の湖都 大津」

      平成16年 まちづくり行動計画「大津維新」策定

              乳幼児医療費助成拡充

              まちづくりパワーアップ事業

         17年 志賀町との合併、国調人口30万人突破

              大津放水路1期区間完成、湖西バイパス無料化

         18年 明日都浜大津再生(市民活動センター開設)

              皇子山球場改修工事完成

              新基本構想策定(都市像「結の湖都」)

         19年 新総合計画スタート(平成19年度~平成28年度)

                     小中学校体育館耐震化工事

              中心市街地活性化計画申請    

         21年 中核市へ移行

              木戸公民館オープン(合併建設計画の推進)

         22年 総合計画第2期実行計画スタート

              おごと温泉公園オープン  

         23年 大津市「結の湖都」協働のまちづくり推進条例施行

         <17国調:301千人、302㎢、一次1.6%・二次24.6%・三次71.5%>

         <22国調:341千人、464㎢、一次1.1%・二次22.4%・三次69.3%>



平成24年度 「結の湖都大津」 越 直 美 市長(第1期:平24年1月~28年1月)

 大津をもう一度活気ある町にしたい、笑顔あふれる大津にしたい。この4年間で大津を変えたい。※基本構想が受け継がれ「都市像」変更なし                              

     平成24年7月 いじめ事件が全国的な社会問題化   

            8月 集中豪雨による外畑町などの土砂災害 

          25年2月 教育長就任(空位解消)     

         〃  4月 いじめ対策推進室設置          

         〃 6月 中学校スクールランチ導入        

         〃 9月 台風18号による広範囲の水害   

         〃10月 副市長辞任(1名体制に) 

         〃12月 副市長就任(2名体制に) 

        26年3月 ごみ焼却施設2か所方針表明         

             〃  JR膳所駅改修着工 

            〃  教育長辞任(空位に) 

         〃 5月 副市長辞任(1名体制に)            

        27年1月 こども医療費小4から小6に(入院のみ)   

         〃 2月 明日都へ保健所、3師会移転        

         〃 8月 道の駅「妹子の郷」オープン 

         〃11月 JR大津駅外壁塗装工事着工

       28年  3月 公立小、中、幼エアコン導入完了予定

       <27年11月 342千人、464㎢>



 以上、大津の都市像の変遷とまちづくりの歩みを概観しました。雑な資料ですが全国的な潮流と本市のまちづくりの方向の関連性、1~2次産業から3次産業へシフト、ある時代の達成の多くの種が前の時代に蒔かれていること等が伺えます。

 大津の基本的性格である「京阪神にほど近い自然と文化に恵まれたまち」「ベッドタウン」「京都との隣接による中心性の低さ」「多様な地域の連合体」といった特色は一貫しているようです。

 そうした中、都市像は、観光文化  ⇒  産業  ⇒  健康  ⇒  市民  ⇒  ふるさと  ⇒  結の湖都 へと推移してきました。大きく見ると産業活動から人間のありようへ、人間においても身体から内面へというベクトルが働いているようです。特に現在の都市像は「結(ゆい)」というかつての地域組織の互助精神を打ち出したところが特徴的です。

 次回は現行の都市像に込められたまちづくりの理念が何かを確認し、それが越市政がそれに近づき得たかどうかを考えます。

 ◎追記 匿名の方から「若手市議の会 参加レポート」という連続コメントが寄せられています。 都市像の変遷について私がお話したことの要旨がまとめられています。お願いしたわけではないのですが正確な内容です。参考までにご覧ください。このコメントについては次回にふれます。 




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